ホーム情報・イベントブログ「チベットから③」(「ビス...

「チベットから③」(「ビスタリ山ある記」(22))

杉田より、チベット未踏峰アタック、その後の記録が届きました!

(通信のやり取りにより、少し遅れてしまい申し訳ありません)

果たして登頂は・・・?

—————————————————————————————————–

13日に登頂し、今日(16日)、ラサに帰って来てこの原稿を書いています。

14日には、シガツェに着いて2泊したので、この間に書こうと思ったのですが、激しい疲労で何もする気にならず2日間を過ごしてしまいました。

さて、前回はBCに向けて出発し、謝通門(シェートンムン)という街に着いたところまででした。
9月8日
謝通門から、道は山に分け入り登って行きます。

峠を3つほど超えました。最高点は、5、200m。左手に雪の山が見えてきました。雪拉普崗日の山群です。

道路工事で時間を食って、この日はBCまで辿り着けず、山群の北の山麓にある青都という村の招待所に泊めてもらいました。
9月9日
夜中に激しい雨が降り高いところは白くなっていました。雨模様の中出発。

30分ほどで登山ルートとなる谷の入り口に着きました。

ここから5kmほど入った所が、BC設営予定地です。といっても道は踏み跡程度。人と荷物を満載の車5台が石ころだらけの河原を慎重に進みます。

谷が2つに分かれる所で、水の流れに近い平地を見つけてBC(ベースキャンプ)としました。

標高は4、850m。BCには、キッチンテント1張、ダイニングテント2張、隊員用テント6張。

9月10日

日本人隊員は、高所順応トレーニングで、谷を遡って標高5252mまで行きました。標高差400mを約4時間。まずまずです。

広い谷の中には、遊牧の家族が4軒あり、それぞれ離れた場所で、ヤク、ヒツジ、ウマを放牧していました。小さな花が咲いて、ナキウサギが走り回る楽園のようなところです。

この日のミーティングで、順応と衰退のバランスをとって、11日ABC(アドバンスベースキャンプ)、12日C1(キャンプ1),13日登頂の日程を確認しました。

9月11日

BCのテントを解体し、荷物をABCに上げます。人力で上げると何日も掛るのですが、今回はモーターバイクを使います。

image1

賑やかな音楽を鳴らしながら12台が集合し、距離約10km、標高差約600mを何往復もして輸送しました。隊員は、自分の荷物を背負って歩いて登ります。

ABCの標高は5,830m。

image2

(ABCからの雪拉普崗日)

9月12日

ここから本格的な山登りとなります。登攀具とテント3張、1泊分の食料を分担してスタート。日本人はいくら順応しても、チョモランマに何度も登ったこともあるチベット隊員のスピードについていけません。

暫く登った所で、日本人隊員の1人が不調を訴え、SpO2を測ると52。予想外の低い数字で、本人の意思も確認した上で、隊長からリタイヤ宣言。ABCに下ります。残念!

残る隊員は登山を続行。ガラ場から氷河湖を過ぎ、氷河の末端は右端をアイゼンをつけて登行、氷河の中間部のプラトー(平坦部)中央にテントを3張設営しました。

上を見ると傾斜はキツくなるけど歩いて登れそうですが、チベット隊員が、安全の為のフィックスロープを付けたようです。

9月13日

夜中に新雪が15センチほど降って、雪が安定するまで待機した後いよいよアタック開始。

C1に泊まった隊員とABCから登って来た隊員合わせて12人で頂上を目指します。

傾斜が増すと、1歩足を出して息を5、6回しないと次の1歩を出すことが出来ません。

それでも1歩出せば1歩近づく。

カールの側壁を登りきり、傾斜が落ちた稜線から頂上左の肩に掛かると再び傾斜が増します。

ガスで周りが見えず、先行する黒い人影を追いながら無限の登りかと思った時、丸い頂上が見えました。

12人が頂上に揃った時、周囲のガスが晴れて360度の景色が見えました。紛れもなく頂上。

雪拉普崗日(シュエラップカンリ)の登頂成功!

image3

北アルプス ライブ映像

施設利用

宿泊施設や人工岩場などの利用方法・案内はこちら

施設空き状況

各施設の空き状況は下記リンクからご覧ください。宿泊・センターの利用についてはお問い合わせください。