長野県山岳総合センターは、安全登山の普及・啓発に関する各種事業を行っています

「I 講師の事故について」(「ビスタリ山ある記(34)」)

10月はひどい天気でしたが、11月になってやっと落ち着きました。

小春日和の11月5日、信州山案内人の実技研修があって参加しました。信州山案内人というのは、長野県独自のガイド資格です。ロープの結び方、セカンドの確保、フィックスロープのセット、お客さんを懸垂下降で降ろす、など基本的なロープ操作を確認しました。

ロープ操作は全てガイドがやるというスタンスでやってみると、日頃やっている講習とはだいぶ勝手が違いました。ガイドさんはこんなことに気を配っているのかと、気づかされました。

リーダーコースを修了して、案内人資格をとって、この研修に参加している人がいて、夏に前穂高岳で遭難死したI講師のことを聞かれました。先日、所属山岳会が事故報告書をまとめて、センターにももらってあったので、事故報告書に書かれていた内容を伝えました。伝えたのは以下のようなことです。

8月17日、Iさんは所属山岳会の後輩と2人で、前穂高岳頂上から東面の壁を下降していました。上高地から横尾に歩いて行くと、明神では眼前に明神岳の最南端2,263m峰が聳え立ちます。北に向きを変える梓川にそって更に進むと、やがて左手に鋭い稜線と岩壁が見えてきます。前穂高北尾根です。前穂高岳から屏風岩に続く一帯は、大正の頃から登攀の対象エリアで、ほとんど全てのルンゼや壁にルートが開拓されています。

Iさんの所属山岳会の前身の会もこの一帯をフィールドとして活動してきました。

しかし20年ほど前に地震があってこの一帯のルートは崩落したところが多いと伝えられ、また登山者層の変化もあって今では入る人は希です。

Iさんたちは、ルートを復活できるか下見に行っていました。前穂頂上から東面上部のAフェースを下り、第二テラスから更に下に降りようと、人の腕ほどの太さのハイマツ2本(別々の株)にスリングで懸垂下降の支点をセットしました。

ハング横のルンゼ状の斜面を懸垂で降りようとしたところ、Iさんが下降を始めてすぐ、「バツン」という音がしてハイマツが抜けて、そのまま墜落してしまいました。翌日、第一テラスから10mほど下のCフェースで心肺停止状態の Iさんを収容しましたが死亡が確認されました。

報告書では、原因はハイマツの強度を過信したこと、対策は原則としてハイマツを懸垂下降の支点に使わない、やむを得ない場合は他の支点と併用する、としています。

ジムやゲレンデでクライミングをしている人は、ハイマツを使って支点をとるという状況が理解しにくいかもしれません。ジムはもちろん、自然の岩場でもゲレンデとして使われているルートや、人気のルートでは、懸垂下降の場所はだいたい決まっていて、支点は予め作られていることが多いのですが、無い場合は自分で作る必要があります。

支点を作るために使ったスリングなどは残置することになるので、持っている装備を減らさないという観点で、立木や岩の出っ張りなど自然物を使うことがあります。自然物が無い場合は、岩の割れ目をみつけてハーケンを打ちます。それも無い場合は岩に穴をあけてボルトやハンガーを打ちます。森林限界以上の高さで行われるクライミングでは、ハイマツは重要な支点材料です。

そうやって作った支点が懸垂下降の荷重に耐えられるかどうかは、経験と感覚で判断します。懸垂下降の支点には、スムーズに降りると体重と荷物の重さ程度、ぎこちなく降りれば2倍近くの荷重がかかります。作った支点が耐えられるかどうか、誰も保証してくれません。懸垂下降の場合、支点が壊れると100%墜落します。その結果どの程度の事故が起きるかは場所によります。

Iさんの事故は,懸垂下降中に起きましたが、本来クライミングという行為は、判断と行動の全てがこのような危険と隣り合わせです。更に一般化していえば重力に逆らって高みに登る「登山」という行為は、本来的に墜落という危険性をはらんでいます。

判断と行動の結果は自分で引き受けるしかありません。これは「登山」の基本的な認識です。Iさんが知らなかったはずはありません。認識や経験が不足していたとも考えられませんが、事故は起きてしまいました。

Iさんは、センターの講師として講習の企画・運営に情熱を持って取り組んでくれました。このような結果になったのは残念ですが、我々はこの事故を教訓にし、今後の活動に活かしていかなくてはなりません。

(写真はIさんの愛した前穂高岳周辺/

彼の山仲間よりいただいたものです)


Updated: 2019年11月26日 — 11:20 PM

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